Episode_6

都市の転換期に、
実践を通して学べる研究室
まちづくり先進エリア?世田谷から、
都市デザインに必要な実装力を養おう

人文科学研究科 人文科学専攻 教授 松野 敏之

西村 亮彦Akihiko Nishimura

工学研究科 建設工学専攻 准教授※2022年取材当時

進むウォーカブルなまちへの転換
三軒茶屋で行った
歩行者天国の実験とは

人々が暮らす都市にはさまざまな公共空間が存在するが、そのあり方を考えることは、暮らしやすさの向上やまちの活性化に向けた第一歩である。

たとえば、近年では車中心のまちづくりから、人が歩きたくなる「ウォーカブルなまちづくり」への転換が世界中で進んでいる。これにあわせて、街路や広場をはじめとする都市の公共空間も、歩行者中心の空間へ再編するケースが増えているという。日本もその例外ではない。

「日本の都市では、地方を中心に人口減少?少子高齢化や中心市街地の空洞化に悩んでいます。そのような中、まちなかにおける歩行者の回遊?滞留行動を促進し、地域活性化へとつなげる動きが広がっています。適度に人が立ち止まり、時間消費できる公共空間をつくると、人のつながりも生まれやすい。人のつながり(ソーシャルキャピタル)は暮らしを豊かにするだけでなく、犯罪率の低下や地域経済の活性化などをもたらすという社会学の研究もあります」

こう話すのは、国士舘大学大学院 工学研究科 建設工学専攻の西村亮彦准教授(博士)。同氏は、人を中心に据えた公共空間のデザインやマネジメントを研究している。博士課程を終了後、メキシコ国立自治大学や国土交通省の研究所研究員を経て現職に至るという、異色の経歴の持ち主だ。

西村氏の研究の特色は、実践一体の研究スタイル。実際にまちづくりのプロジェクトを計画?実行し、その中で収集したデータを分析。得られた成果を次の取り組みに活かしていくという。

その一例が、世田谷区や地域関係者とともに三軒茶屋で西村氏が行った実証実験。三軒茶屋のメインストリートである茶沢通りでは毎週日曜日に歩行者天国が開催されるが、周辺にベンチや公園が少なく、自転車の放置?通行の影響もあり、せっかく歩行者天国になっても人が立ち止まりにくかった。

また、国道246号や世田谷通りといった広幅員の幹線道路がまちを貫き、人の回遊も分断されやすい。その中で、このエリアに賑わいの風景を作れないか。そんな相談を世田谷区から受けたのが始まり。そこで、歩行者天国に研究室で設計?製作した仮設のベンチやテーブルを置き、人の動きや流れがどう変わるかを実験した。

「ベンチやテーブルの配置パターンを3種類用意して、それぞれ人の動きを定点カメラの映像で分析。アンケート調査とあわせて歩行者と自転車の動きを、いわゆる5W1Hに着目しながら分析しました」

実験では、道路の真ん中に什器類を置いたパターンと、道路の片側に什器類を置いたパターン、道路の両側へ千鳥状にずらして什器類を置いたパターンの3種類を用意。それぞれの人流と滞留を比較した。

当日は予想を大きく上回る数の歩行者が什器類を利用。詳細な結果の分析はこれからだが、人流?滞留が大きく変わったほか、付近の放置自転車が多いエリアもこの日は解消されたという。一方で「別の場所において放置自転車が増えており、課題が完全に解決した訳ではありません」と西村氏。こういった結果をフィードバックし、次の実践に活かすことで、まちの理想像へと近づいていく。社会課題に挑みながら、その結果を研究に生かすスタイルだ。

三軒茶屋での実証実験の様子
三軒茶屋での実証実験の様子

院生もまちづくりのプロジェクトに参加
研究成果がまちに反映されていく
様子を見られる

この研究室で学ぶ大学院生は、都市の計画?デザインに携わりたい公務員志望者や、設計事務所、あるいはコンサルタントへの就職を志望する者が多い。大学卒業後に進学するケースもあれば、まちづくりに関わる社会人が学びにくる形も可能だ。

そして院生は、西村氏のプロジェクトに関わりながら、実践値を積めるという。

「大学院で都市や地域のことを研究しても、その研究成果を実際のまちにどう生かすことができるか分からないまま修了する人は多いはず。ここでは、まちづくりのプロジェクトに参加し、それをもとに修士論文を書くので、自分の研究成果が実際のまちに反映されていく様子を見られるでしょう。実際の社会実験や都市のデザインにここまで院生が関わるケースは貴重だと思います」

まちづくりの思想や理論を学びつつ、同時に実践を通して「現場で実装する力」を養う研究室といえる。そして、この「現場で実装する力」こそ、都市デザインに携わる上で重要だと西村氏は考える。

「なぜなら、社会に出て一番求められるのは、絵に描いた餅で終わるアイデアではなく、実装できるアイデアだからです。設計演習などの講義を担当していると、学生のアイデアにも面白いものは沢山ありますが、実装するのは難しいケースが少なくない。自由な発想は大切ですが、同時に、これを本当に形にできるのか、実現可能性をふまえて実装のプロセスとセットで考えることが大切なのです」

そのような西村氏の考えは、先述の三茶プロジェクトにも表れている。ここで使った椅子やテーブル、装置は、すべて学部生?院生とDIYでつくったもの。その裏にはこんな狙いがあった。

「学部生や院生は、いずれ道路や橋、建物等の設計に関わることもあるでしょう。そのとき、設計に持たせたい機能や、それを実現する構造を考える必要があります。しかも、予算や材料は無制限ではありません。だからこそ、研究室のプロジェクトで使用する装置を自作することで、限られた条件の中で設計し、実装する力を養ってほしいのです。橋や建物に比べると、設計?製作するもののスケールは小さいですが、デザインに必要な思考や視点は培えると考えています」

なお、さまざまなプロジェクトの会議に院生が参加することも多く、行政の担当者や地域関係者とやりとりする機会も。また、西村氏とつながりのある設計事務所などに院生をアルバイトで紹介することもあるという。

「もうひとつ、ここで学ぶ魅力を挙げるなら、キャンパスが世田谷区のど真ん中にあることですね。日本全国を見ても先進的な都市デザインの自治体ですし、三軒茶屋や下北沢などのまちづくりに関わるチャンスがある。私がここに就職したのも、世田谷区なら面白い研究ができそうだと思ったからです(笑)」

西村氏は大学が立地する世田谷区を拠点に、渋谷区や目黒区など都内各所で公共空間のデザインやまちづくりのプロジェクトに携わるとともに、全国に向けてアドバイスや普及啓発にあたっている。

もちろん、2年間で思想や理論も深く学ぶ。ときには土木?建築?造園?都市計画?プロダクトなど様々な分野で活躍する外部講師も招き、分野を超えてデザインが持つ機能と意匠を統合的に考えられる「トータルデザイン」の思考を育むという。そして、それを実践とつなげる。このつながりこそが、研究室の核だ。

「さらに、まちづくりには工学以外のさまざまな分野が関わってきます。たとえば、人の行動という面では心理学との関連もありますし、人とのコミュニケーションという面では社会学も関わってくる。その点で、さまざまな学科を持つ国士舘大学はメリットでしょう。他学科とも連携して、より複合的にまちや都市空間を研究していきたいですね」

人口減少や少子高齢化に加え、新型コロナ感染症の拡大を受けて生活様式が大きく変化する中、公共空間をはじめ、都市のあり方が大きく問われている。この分野を学ぶことは、これからの日本の暮らしに貢献することへとつながっている。世田谷区という先進的なエリアで、未来につながる学問を実践的に学べる環境がここにある。

西村 亮彦 教授