植生地理学の視点から地域の生態を理解する

1.植生地理学の視点

里山の雑木林、黒々と茂る鎮守の森、奥山のブナ林、高原を彩るススキ草原といった「植生」が、大小さまざまなスケールで「どこに分布しているのか?」「なぜそこにあるのか?」といった課題を追求するのが植生地理学(植生学)です。自然地理学の課題であると同時に生態学の課題でもあり、さらには後で述べるように応用学(保全生物学や造園学、森林学など)とも表裏一体の関係にある分野です。

このような植生地理学のうち、私はおもに雑木林(二次林)、照葉樹林、風衝草原などを対象とした研究を行ってきました。また、社会における活動として近年では、世田谷区の生物多様性戦略の策定に関わったほか、都市緑地(川崎市生田緑地)の維持管理に関する活動などを行っています。

三浦半島のオオシマザクラ林
伊豆半島達磨山の風衝草原

2.植生を大きく捉える

植生地理学の研究では、対象を地球~日本列島規模の大きな広がりの中で理解する必要があります。下の図は、日本付近に広がる植生帯を広く捉えた事例です。

日本列島とその周辺の植生帯区分
『丘陵地の自然環境』(古今書院)の磯谷原図から作成され『千葉県の自然誌 第5巻』に掲載された図

3.地域植生の違いを探る

植生は、都道府県や関東地方といった中程度の規模においても、さまざまな分布を示します。下の図は、薪炭林としてよく利用されていた当時の二次林(雑木林)の分布とその成因について研究した事例です。

かつての薪炭林の分布とそれを決めるおもな要因
磯谷(1994)に掲載され『植生環境学』(古今書院)に再録された図

4.植生をミクロに捉える

特定の地域内において歩き回るなどして植生を詳しく調べると、尾根-斜面-谷などの地形に応じた植生分布や、台風などで破壊された植生が回復していく様子などを観察することができます。このような視点からの研究も、植生地理学の重要な分野です。

雲取山(東京都)における夏緑広葉自然林の小地形分布
中央部の渓谷林(シオジ-サワグルミ林)に対し、左サイドの斜面部にはミズナラ林が生育している
照葉樹林の中にできたギャップが埋められていく様子
東高根森林公園(川崎市)のシラカシ林(照葉樹林)にて冬季に撮影されたもの.シラカシ林にできたギャップ(疎開地)がミズキなどの夏緑広葉樹により埋められつつある(磯谷 2006)

5.植生地理の応用で得られる豊かな知見

光合成で太陽エネルギーを固定する植物の集合体といえる植生は、動物その他の生物が生息するための基盤となっています。また、人間にとっても植生は、風景(景観、ランドスケープ)を構成する要素などとして重要な役割を演じているだけでなく、防火機能をもつことから地域防災のためにも重要な役割を担っています。そのため、以上で示してきたような植生地理学の諸知見は、生物多様性保全のほか、地域振興(観光客や地域住民のための魅力のある景観づくり)や地域防災(とくに震災時における都市域での延焼防止や避難緑地の確保)といった応用的な分野においても、効果的に生かしていくことができます。

ウラジロモミの高木が多く風格のある旧軽井沢のランドスケープ
リゾート地として著名な旧軽井沢では、地域に自生し樹形の美しいウラジロモミが明治期から保護?植栽されてきたため、他の地域とは異なり独特の風格があるランドスケープが形成されている
震災時における延焼防止効果が高い照葉樹
一年中、葉に豊富な水分を含むため延焼防止効果の高いアラカシ(世田谷城趾公園にて撮影)