国士舘大学文学部史学地理学科の地理?環境コースで人文地理を専攻した鈴木貴子さんは、卒業後に地図会社のゼンリンに就職し、地図をあしらったデザイングッズの開発や、現在は北九州市の小倉にある「マップデザインギャラリー」など、4店舗の運営を担当しています。大学では地図を通してさまざまなことを学ぶ楽しさを知ったという鈴木さん。指導教員である加藤幸治先生とともに、人文地理の楽しい学びを振り返りました。
地理?環境コースの学び
- 編集部
- まず加藤先生にお伺いしますが、文学部史学地理学科の地理?環境コースで、学生たちはどんなことを学ぶのですか?
- 加藤
- 地理?環境コースは、ここに生きている我々のまわりの全てについて学ぶ学問です。たとえば今、ここの窓から山が見えていますよね。あの山がどうしてあそこにあるのか、ということから始まり、その土地で人々がどのように暮らしているのかといった、人の営みまでを調べる学問です。自然の地形から環境、商業、経済まで、地理をキーワードに幅広く学ぶことができます。
- 編集部
- 地理というと、中学校や高校で学んだ地図のイメージが強いのですが……。
- 加藤
- 地図はもちろん使いますが、地図そのものだけを学ぶわけではありません。実は地理学の歴史は非常に古く、哲学と同じ時代に生まれたと言われています。人間の内側に向かう学問が哲学だとすると、外側に向かう学問が地理学であり、「哲学は学問の母、地理学は学問の父」という言葉もあるぐらいです。地理学は非常に幅広く、また奥の深い学問です。
- 編集部
- 加藤先生は、どんな分野の研究をなさっているのですか?
- 加藤
- 地理学は大きく自然地理と人文地理という2つの分野に分かれていて、私が研究しているのは人文地理です。人文地理にもいろいろあって、文化や政治を研究している先生もいますが、私の専門は経済地理です。施設の立地とそれが周囲にもたらす影響などを、地域経済の観点も含めて調べています。中でも関心を持っているのがサービス業で、今は主に病院を中心に研究を進めています。
- 編集部
- 地理と病院ですか。具体的にいうとどういうことですか?
- 加藤
- 病院は地域にとってなくてはならない存在ですよね。ただ、人口が減っていくと実際問題として経営が成り立たなくなってきます。人口が多い都市だと病院経営は成り立つけれど、地方だと成り立ちにくい。で、病院が廃業してしまうと、その地域は医療が充実していないので、住みづらくなります。だから病院のある都会に高齢者などが移り住んでゆく。病院が都市に人口を引き寄せる、こういう現象が全国各地で起きています。
- 編集部
- なるほど、病気になったとき、病院がないと困りますからね。
- 加藤
- 国は地方創生と言っていますが、病院もない町に人が住めますかという話になります。私の研究フィールドは北海道の東部ですが、そういう意味で道東はかなり厳しい地域です。たとえば根室という町には子どもを産める産院がありません。釧路には分娩できる病院がありますが、根室の端からは150km弱ぐらい離れています。なので根室の妊婦さんは子どもを産むとき、釧路にアパートを借りたり、宿泊施設に泊まったりしています。そういう状況で地方創生と言っても、なかなか難しいものがありますよね。
- 編集部
- 先生のゼミで、学生はどのようなことを学ぶのでしょうか?
- 加藤
- ゼミでは私自身の研究分野にこだわらずに、自由なテーマで研究してもらっています。鈴木さんは宿泊業の研究をしていたよね。
- 鈴木
- はい、私は静岡県の沼津市で、宿泊施設の調査をしました。沼津市には宿泊施設がたくさんありますが、立地によって利用者の客層が違うのではないかと思って、場所によっての宿泊客の利用法を調べてみました。たとえば観光で来たのか、仕事で来たのか、1人で泊まったのか、2人以上のグループで利用したのかといったことです。
- 編集部
- 面白そうですね。調査の結果、どういうことが分かりましたか?
- 鈴木
- 20施設ぐらいを訪ねてアンケート調査をしましたが、その結果は、高速道路に近い立地の宿泊施設はビジネスの利用客が多く、駅の近くの施設は観光とビジネス利用が半々ぐらいでした。また、宿泊施設にはホテル業と旅館業がありますが、その軒数が時代によって変化してきていることも分かりました。昭和中期から今に至るまでの宿泊施設数を調べたのですが、昔は圧倒的に旅館が多かったのに、今は旅館が減ってホテルの数が増えてきています。
- 編集部
- 旅館が減ってきた理由は何かあるのですか?
- 鈴木
- 昔は建設宿というのがあって、建設業の方が多く旅館に泊まられていたようです。そういう宿は相部屋が主流だったのですが、だんだん個室を求める建設業の方が増えてきて、それで個室のあるホテルの業態が増えてきたと考えられます。旅館を調べても、一軒あたりの客室数はかなり増えてきています。
- 編集部
- なるほど、建設業の利用ニーズが宿泊施設を変えてきたのですね。この研究は卒業論文にまとめたのですか?
- 鈴木
- はい。加藤先生のご指導を受けながら、4年生のときに卒業論文として発表させていただきました。
フィールドワークの楽しさ
- 編集部
- 3年生のゼミではどんなことを学ぶのですか?
- 鈴木
- 3年生のゼミではフィールドワークをやりました。地理学野外実習Cという科目です。自分でテーマを決めて調査計画を立てて、実際に現地に赴いてアンケート調査を実施しました。
- 加藤
- 3年次のフィールドワークは毎年10月に実施しますが、その前に学生には事前の準備をしてもらいます。夏休み前までに本読み(輪読)などの勉強をやって、各人がフィールドワークのテーマを決め、夏休みの間に参考となる書物を読んでもらいます。そして秋期に入ってから、調査対象は誰か、どういうアンケート項目にするか、調査票はどうするか、電話でのアポイントの取り方など、調査の進め方を教えていきます。
- 編集部
- フィールドワークは学生が1人でやるのですか?
- 加藤
- 基本は個人で研究しますが、同じような分野に興味がある人がいれば、グループでやることもありますね。鈴木さんの場合は2人でやりましたか。
- 鈴木
- はい、私は2人でやりました。フィールドワークの場所は北海道の中標津(なかしべつ)町でした。
- 加藤
- たまたま私の研究フィールドに行ってみたという感じですね。卒業論文と同じように、宿泊施設の立地について調査したのですよね。
- 鈴木
- はい。中標津町みたいなところに宿泊されるお客さんは、どんな目的で来るのだろうということが気になって(笑)。
- 編集部
- 調査の結果はどうでした?
- 鈴木
- 利用者の多くは建設業の方でした。
- 加藤
- 北海道でも中標津町ぐらいだと、宿泊者のピークは夏ではなく6月とか11月なんです。なぜかというと4月に国や自治体の予算が組まれて、入札が終わり、6月から建設がスタートするからです。そして雪が降り始める前の11月には全部工事を終わらせなくちゃいけない。宿泊客は土木関係の人がほとんどです。ちょっと小さめの地方都市の中心街の宿泊施設は、ほぼ建設業のお客さんです。
- 編集部
- フィールドワークはどのくらいの期間でやりましたか?
- 鈴木
- 中標津町のフィールドワークは3泊4日でやりました。
- 加藤
- でも、その年は鈴木さんたちに私の研究を手伝ってもらったので、他にあと2泊ぐらいしたのかな。
- 鈴木
- 先生のお手伝いもしましたが、せっかく北海道に行くんだからおいしいもの食べたいよねと言って前泊もしたので、全部で6泊してしまいました(笑)。
- 編集部
- 先生は中標津町でどういう調査をされたのですか?
- 加藤
- 中標津町に地元の大型スーパーがあって、その施設が周囲の人を吸い寄せているのではないかという仮説を立てて調べてみました。そうしたら実際に毎週土日になると、30?40kmぐらい離れた別海町内などから買物客が来ていることが分かりました。他にも中標津町には病院があるし、ホームセンターなどの郊外チェーンもできて、ちょっとした町の集積を作っています。人口2万人ほどの町ですが、北海道のほとんどの市町村で人口減少が見られた2000~05年においてもこの町は人口が増えています。便利だから人が集まり、人が集まるから施設が充実していく。「中標津モデル」といって私たちが注目している町です。その調査を鈴木さんたちに手伝ってもらいました。
- 編集部
- 地理学のフィールドワークの経験は、社会人になってからでも役立ちそうですね。
- 鈴木
- そうですね。文学部というと机上の学問のイメージがありますが、地理学は全然違うんです。現地に行って、自分の足で歩いて、人に会って話を聞いてと、フィールドワークが中心で、そのための準備はたいへんでしたね。でも、今になって思えばすごくいい経験が積めたと思います。
- 編集部
- 電話で調査のアポイントを取るときは緊張しませんでしたか?
- 鈴木
- 初めての経験だったので、めちゃめちゃ緊張しました。家から電話をしたのですが、カンペを書いてそれを読みながらかけました。「国士舘大学の鈴木貴子と申します」みたいな感じで(笑)。
- 編集部
- 具体的に、今の仕事に役立っていると思うことはありますか?
- 鈴木
- あります。うちの会社は住宅地図という冊子を作って販売しているのですが、入社1年目に配属された部署で、電話をかけて注文を取る仕事をしました。不動産屋さんに電話をかけて、ご入用ですかみたいな話をするのですが、大学でやったときみたいに手書きのカンペを用意して、それを見ながら電話をかけました。アンケート調査の経験が生きているなと実感しました。
- 加藤
- 現地で調査をするときは、最初に地元のことを褒めてみたりすることから始めます。「初めて小倉に来ましたが、素敵な町ですね」みたいに切りだして。こういうのをアイスブレイクといいますが、地元を褒められて嫌な思いをする人はいないじゃないですか。ゼミの実習ではその辺も含めて学生に教えています。人文地理の勉強は実学的なことをかなりやるので、社会に出てから役立ちますね。
- 編集部
- 鈴木さんはもともと地理がお好きだったんですか?
- 鈴木
- 地理を好きになったきっかけは、高校時代の地理の授業でした。そのときの先生の授業がすごく面白くて。帝国書院が出している世界の地図帳に蛍光ペンでいろんなものを書き込んでいくんです。大陸を横断する断層とか、アメリカ大陸のコーンベルトなんかを地図の上に書き込みました。地図上にいろんなことを重ねたら、いろんな知識、情報を得ることができるんだなと気づきまして。当時大学で何を学ぶか決まっていなかったのですが、地理だったら地図を通して歴史も経済も自然もいろんなことが学べると思って、それで地理学に絞って大学を受験しました。なんでも学べるワクワク感が地理にはあるんです。
- 加藤
- 国士舘大学の地理?環境コースは、できるだけ必修を少なくして、カリキュラムの自由度を高くしています。自然地理と人文地理に分かれていますが、幅広い分野から自分の好きな授業を選択して学ぶことができます。鈴木さんも私のゼミで学びましたが、師弟とかそんな感じではなく、いろんな先生からいろんなことを教わって、総合的な結果としてここに至るという感じです。
仕事に生きる大学の学び
- 鈴木
- 私は経済地理に興味を持って加藤先生のゼミに入りましたが、自然地理も人文地理もどっちも学べる環境だったので、いろんな先生について学びました。自然地理の授業では、山の中に分け入って空き地に生えている植生を調べてスケッチをしたり、一方では宿泊施設に行ってアンケートを取ったり、自然と触れあって、人とも交流して、大学の中でいろんな経験ができたのはすごくよかったと思います。
- 編集部
- 加藤先生の目から見て、鈴木さんはどんな学生さんでしたか?
- 加藤
- 今とほとんど変わりませんね。何でもまじめにやるし、決して切れ者ではないんですけど優秀な学生だと思っていました。あと、いろんなことに積極的に取り組んでいましたね。国士舘大学地理学会という、学生が主体になって運営している学内組織があるんですが、1年生のときからその役員をやられていましたね。
- 編集部
- 鈴木さんは役員としてどんなことをやっていたんですか?
- 鈴木
- 私は役員会で行事担当をやっていました。年に2回、夏休みと春休みの期間に巡検というイベントを実施します。その旅行プラン、何時に集合して、どこに行って、レンタカーを何台借りてといった準備や手配をやっていました。
- 編集部
- 巡検とは、どういうものですか?
- 加藤
- 簡単にいうと、社会科見学みたいなものですね。
- 鈴木
- 工場に行って、見学して、同行していただいた地理学の先生から、なぜここが工場地帯になっているのかみたいなことを教えていただきます。夏は1泊2日で、春は日帰りで実施していました。
- 編集部
- こういう経験も実社会に出てから役立ちそうですね。
- 鈴木
- 就職活動をしていたときに旅行会社でインターンシップをさせていただいたんですが、そのときに旅行プランを立てましょうというのがあって、巡検のときの知識が役立ちました。
- 編集部
- 国士舘大学で地理を学んだ学生は、将来、どういう道に進んでいくのですか?
- 加藤
- 就職先は幅広いですね。鈴木さんみたいに地図の会社に入る人もいれば、GIS(地理情報システム)の知見を活かしてマーケティングサービスを提供するコンサル会社に就職する学生もいます。また、経済地理の知識を活かして農協さんに就職したり、町おこしに熱心な信用金庫に進む学生もいますね。スーパーマーケットのマーケティング部門に採用される学生もいます。地理を通して自然、環境、政治、経済と、さまざまなことを学ぶので、就職先も広範囲ですね。
- 編集部
- 鈴木さんは就職して、これまでどんな仕事をやってこられたのですか?
- 鈴木
- 入社して4年間は東京にあるオフィスで働いていました。1年目は先ほども申しました住宅地図帳を販売する営業の仕事です。2年目からは企画販売の部門に移り、地図をデザインしたグッズを開発し、販売する仕事に携わりました。地図をあしらったクリアファイルとかメモ帳などのステーショナリーの販売です。国士舘大学からも注文をいただいて、オープンキャンパスなどでも利用するノベルティに採用していただきました。
- 編集部
- 小倉にはいつ頃来られたのですか?
- 鈴木
- 入社して4年目ですね。このビルの1階にある「マップデザインギャラリー」のオープンを機に小倉に転勤してきました。地図とのつながりをコンセプトにしたショップで、デザイングッズを通して地図の楽しさをお客様にお伝えしたいと思っています。ゼンリンはこれまで殆どがBtoBの仕事だった会社で、ほぼ初めてのBtoCの事業です。2019年12月に小倉店がオープンして、今は九州に4店舗あります。
今後やってみたいこと
- 編集部
- 仕事は楽しいですか?
- 鈴木
- 自分の好きな分野の仕事だから楽しいですね。地図の面白さや楽しさを知らないお客様に、地図の楽しさを知っていただくことがやりがいになっています。単純に地図を見て「あ、ここに行ったことある」みたいなことから地図に興味を持ってほしいと思っています。たとえばこのピンバッジ、神奈川県の形なんですよ。スーツに付けられるピンバッジで、47都道府県の全部を揃えています。
- 編集部
- 仕事をやっていて、たいへんだなと思うことはありますか?
- 鈴木
- そうですね、今いるのは新規事業の部署なので、先が見えないというか。敷かれたレールを走るのではなく、自分で道を作っていくような感覚がありますね。ときどきこれでいいんだろうかみたいな不安を感じることはあります。でも、その分、やりがいも大きいです。
- 編集部
- 今の仕事に学生時代の学びは役立っていますか?
- 鈴木
- 役立っていますね。いろんな調査実習を行って、初対面の知らない方にもアンケートを取りにいったので、人と交流したり、コミュニケーションを取ったりすることが、大学生活を通して学べたような気がします。初対面の方でも気後れなく接して会話できたり、そういうコミュニケーションのやり方は大学で学びました。
- 編集部
- 今後、会社でやってみたいことなどありますか?
- 鈴木
- ありますね。今は地図の魅力を広く人に知ってもらうきっかけづくりの部署にいますが、大学で学んだ知識やGISソフトを使って、地図に情報を付加してお客様に提供するような仕事もやってみたいと思っています。地図を通すといろいろな社会課題が見えてくるので、その課題を、地図を使って解決するような仕事をしてみたいです。
- 編集部
- 具体的に言うと、どういうお仕事になりますか?
- 鈴木
- 最近家庭菜園に目覚めまして、自宅のベランダで野菜を育てているんですが。今は健康に気を使う人が増えてきて、私もそうですが、無農薬やオーガニックの野菜を求めるお客さんが増えていますよね。そこで農薬を使っていない農地を地図に落とし込んだらどのくらいあるんだろうとか、そういう視点で地図を使ってビジネスができたら面白いんじゃないかと思っていて。たとえば耕作放棄地を使って有機農業をするとか、地図を通して新規就農を促進するような仕組みができたら面白いかもしれないなと。まだ誰にも言っていないんですけど、ここで初めて言いました(笑)。
- 編集部
- 会社の人がこの記事を読んで、興味を持ってくれるといいですね。
- 鈴木
- そうですね。今はまだ鈴木の妄想なんですが、新規ビジネスへチャレンジできる制度もあるので頑張って広めたいと思います。
- 編集部
- 加藤先生、今日はいかがでしたか。仕事の現場で活躍なさっている鈴木さんを見られて。
- 加藤
- そうですね。いろんなことが幅広く学べる国士舘大学の地理?環境コース、そこでしっかり学んでくれた鈴木さんがOGとして誇れる人材になっていたことが、まず何より嬉しいですね。自主性を大切にする学びを活かし、いろんな先生に教えてもらって、フィールドワークでさまざまな体験をして、それを見事に仕事に活かしている。その姿を見られたことは、教員冥利に尽きますね。
- 編集部
- お二人とも今日はありがとうございました。鈴木さんの今後のご活躍をお祈りしています。
加藤 幸治(KATO Koji)
国士舘大学 文学部 史学地理学科 教授
●博士(地理学/人文地理学)/明治大学大学院 文学研究科 地理学専攻 博士 中退
●専門/経済地理学
鈴木 貴子(SUZUKI Takako)
2015年度 文学部卒業
株式会社ゼンリン勤務
掲載情報は、2024年12月のものです。