理工学部の知恵

編集部: 理工学部の「機械工学系」では、どのようなことを学ぶのですか?

 機械工学は、非常に幅広い分野を扱う学問です。たとえば、電車も、自動車も、飛行機も、ロケットも、ロボットも、すべて機械で動いています。家庭にある冷蔵庫や洗濯機も、電子レンジも、街中にある自動販売機も、機械はくらしのありとあらゆるところで活躍しているのですね。
 だから、機械工学を学ぼうとすると、単なる機械技術そのものについて理解するだけでは足りなくなります。機械工学と連携する他の分野とのつながりも含め、理解を深めていくことが大切になってくるのです。たとえば、どんなにすぐれた機械を考案しても、コストが高すぎれば売れませんね。売れないものは社会で必要とされません。エンジニアはひとりよがりではだめなのです。他分野とのつながりを理解したうえで、機械工学をどう生かしていくかを考えなければなりません。
 まずは、ものの原理を根本的に理解することが必要で、そのために学びやすいカリキュラムを幅広く用意しています。

編集部: 先生はどのような分野がご専門ですか? 
また、大学ではどのようなことを教えていらっしゃるのですか?

 私の専門は自動車工学です。その中でもとくにエンジン系の研究をやっています。エンジンの振動と騒音の研究ですね。
 ただ、大学で学生にそれを教えているわけではありません。機械工学の基本はものづくりですので、学生には手足を動かして、実際にものを作らせ、研究してもらうような授業をやっています。
 たとえば、1年生を対象にしたものづくりの基礎を教える授業があるのですが、ここでは紙ヒコーキとか竹とんぼなどを作って、物理学の基本的な原理を学んでもらっています。子どものころにやった遊びを、学問的な視点から考えるということですね。
 こういった学びには空力や流体工学が必要で、計算なども入ってきますが、1年生の場合はまだそこまで詳しくはやりません。まずは自分の手で作って、飛ばしてみて、悪いところがあったら改良して、手探りしながら経験してもらうことです。

編集部: それは面白そうですね。具体的にはどんな感じの授業になるのですか?

 まず、学生一人ひとりに紙ヒコーキを作ってもらいます。そして飛ばすのですが、ただ飛ばすのでは学びになりません。あらかじめ「10メートル以上飛ばすこと」という目標値を設定しています。10メートル飛ばすのはけっこうたいへんで、途中でカーブしたり、失速したりして、なかなかうまく行きません。うまくいかないのはなぜか? どこに問題があるのか? どう改善すれば飛ぶようになるのか? 一人ひとりが自分の手を使って、試行錯誤を繰り返していくのです。今年は人数が多くて、50名ぐらい学生がいますが、これがなかなかいい学びになるのです。
 また、機械系の教員全員でやっている「プロジェクト」の授業があって、そのひとつを担当しています。3年生が対象ですが、ここではラジコンカーを使って、車の走行性能の基本を学んでもらっています。高校までに習った理数系の科目を、実際にどのようにして使えばいいかを、身近なものを通して学んでもらっています。

編集部: ゼミもご担当されていますね。ゼミではどんなことを学ぶのですか?

 ゼミでは、たとえば自動車のカタログを各自で持ってきて、その諸元を読み込むということなどをやっています。車のスペックを見て、そこからどういう性質の車なのかを探っていくのですね。エンジンの性能とか、タイヤの大きさとか、詳しく見ていくと、ある程度車の性格や、メーカーのその車に対する意図が読めてくるのです。100万円単位のお金を出すわけだから、それぐらい読めなきゃだめだろうって、冗談めかして言ってます。
 それともうひとつは、「大学と自宅の往復の中で、目についたものを考えてごらん」ということもやっています。たとえば、電車ですね。電車の車輪は右と左で一体になっています。なのに、なぜカーブを曲がることができるんだろう。普通に考えれば、車輪が揃っているんだから、まっすぐに走るしかないですよね。でも、曲がれる。あれは遠心力を利用しているんですけどね。
 また、学生がよくやるペン回しがなぜできるのかとか、自転車はなぜ倒れないのかとか。当たり前に思っていることって、あらためて聞かれると意外に答えられないことが多いんです。「君たちが小学生に質問されたら、どう答える?」といつも学生に問いかけています。根本がきちんと理解できていないと、人に分かりやすく説明するのは難しいのです。

編集部: 理系の基礎的な知識を、実体験を通して学ぶということですね。

 その通りです。たとえば、授業で学生に腕相撲をやらせます。腕相撲だから、当然腕力のある方が勝ちますよね。そこで次に、負けた方が勝つにはどうすればいいかを考えてもらいます。手と手を合わせるのではなく、強い方の子には、相手の手首を持ってもらう。腕相撲はてこの原理なので、下の方を持てばそれだけ動かすのに力が要るわけですね。すると、弱い方の子でも勝ててしまう。これを体で実感してもらいます。
 機械工学は実社会に密接した分野の学びです。知識を持っているだけではだめで、それをどう利用するかという「知恵」が必要なんですね。この「知恵」を持つことが重要で、知恵があれば知識をいろんなことに応用することができるのです。知識と知恵、その両方が大切で、兼ね備えた人間はどんな企業に入っても技術者としての力を発揮できます。だから、学生にはいろんなことにチャレンジして、体を通して経験し、失敗もいっぱいして、生きた知識と知恵を身に付けてもらいたいと思っています。

編集部: 学生が自主的に車づくりをやっているとうかがいました。これはどのような活動ですか?

 それは「全日本学生フォーミュラ大会」というものですね。学生が自ら構想?設計?製作した車輌によって、ものづくりの総合力を競うという大会です。国内では2003年から始まったものですが、国士舘大学はこの大会に毎年参加しています。
 大会は毎年9月の初旬に、静岡県の掛川にあるECOPAというところで開かれます。これは授業ではなく、学生の自主的な活動ですが、ほとんど授業の一環のような思いで私たち教員もサポートしています。
 というのは、この大会に出るのは学生たちにとって、非常にいい勉強になるからです。一応、フォーミュラカーのレースですが、競うのは走行だけではありません。コストやデザイン、プレゼンの内容なども審査の対象になっています。また、走行性能も加速性や耐久性、省エネ性などを含めた総合的なパフォーマンスによって判断されます。
 たとえば、エンジン性能を高めて速く走れるようにしても、その分コストがかかってしまえば意味がありません。コストと性能、デザインなど、さまざまな要素のバランスを取りながら、最適な車を設計しなければ大会では勝てません。
 でも、こういったことは日常、自動車メーカーが実際にやっていることですよね。この大会には独自のコンセプトがあって、「自分たちが小さな自動車メーカーになったつもりで、大手企業に自社製の車を売り込む」という設定で行われます。その際、「1年間1000台売れる車を作る」という条件も付いています。だから、いろんなことを総合的に考え、工夫していかなければなりません。エンジンを一から作る方がいいか、既製品を買ってきて改造した方がいいか。その場合、人件費はいくらになるか。燃費と性能のバランスはいいかなど、考えるべきことはいっぱいあります。それを学生自らが手足を動かしながら、試行錯誤を繰り返して、実車の完成に近づけていくわけです。座学では得られないたいへん貴重な体験をすることができるのです。

編集部: すばらしいですね。このような活動は就職にもつながるのではないですか?

 そうですね、この大会には自動車メーカーも最近は注目するようになってきました。それに、この活動をやっていると面接に強くなるんですね。実際に自分のやってきたことだから、自信が違うんです。経験がものをいうので、何を聞かれても堂々と答えられる。大会が9月なので、学生達は毎年夏休みを返上してこの活動に打ち込みます。たいへんな面もありますが、非常にいい勉強になりますね。何もしないでボーッと4年間過ごすより、はるかに充実した学生生活になると思います。
 また、大会に参加する他の大学の学生との交流が生まれたり、大会のスタッフは自動車メーカーの人たちなので、社会人との交流も生まれたりします。積極的に関わっていけば、参加するメリットは大きなものになりますね。ものづくりに興味があるのなら、ぜひ、やってみて損はない活動だと私は思います。

編集部: 先生は昔から自動車に興味を持たれていたのですか?

 ええ、子どもの頃から自動車が好きでしたね。なんでも生まれて初めて喋った言葉が、車の名前だったそうです(笑)。乗用車だけでなく、バスもトラックも好きでした。
 たぶん、車の構造に興味があったんでしょうね。エンジンがなぜあんなに力があるんだろうとか、サスペンションってなんだろうとか、そういう疑問ばかりを抱いていました。ずいぶん父親を泣かせたそうですよ。なんでもナゼナゼって聞く子だったから。しまいには父親も「そんなことは俺にもわからん」といってさじを投げたそうです。だから、私は自分で考え、解決していくことを覚えたんですけどね。
 学生にはよく言いますが、私は車のディーラーに行ったときは「腹から車を見る」ようにしています。車って、人から見える部分はとても丁寧に作ってあるんですよ。エンジンなんかもちゃんとキレイなカバーがついていますし。でも、見えないところは案外手を抜くんですね。だから、下の方から見ると、その車がどれだけきちんと作られているかが分かるわけです。ディーラーの人には嫌がられますけどね。

編集部: 最後になりますが、機械工学の学びを通して、どのような人材を育成したいとお考えですか?

 そうですね。企業に入って、自分が好きなことをできる技術者になってもらえたら嬉しいですね。自動車にこだわることなく、なんでもいいんですけど、大学で学んだことがベースになって、それを応用して、役立てる技術者になってもらいたい。ひとつ言われたら、そこからさまざまなことが発想できる人ですね。
 学校で学んだことをすべて覚えている必要はないんです。ただ、必要なとき大学時代の教科書を引っ張り出してきて、使えるようにしておいてほしい。応用は技術者にとってとても大切な能力です。
 今はどんどん新しい物が入ってきて、古典力学みたいなものが忘れ去られています。製図ひとつとってもCADに変わり、コンピュータがなんでもやってくれる時代になりました。でも、大切なのは、それらは道具にすぎず、やるのは人間だということ。テクノロジーが進化した分、時間が短縮されるので、それだけ人間がやれることは多くなります。
 たとえばロボットにしても、人間の歩き方に近づけるにはどうしたらいいかとなると、制御系の技術と機械系の技術の両方が必要になります。両者が一体となって、初めてスムーズな重心移動ができます。コンピュータがいくら発達しても、ただ単に電子系だけで片づけることはできない。命令を与えて、その通りにきちんと動く機械が必要になってきます。いくら電子技術が進歩しても、「最後は機械が動かすんだよ」と私は学生に言っています。そういうことを理解したうえで、一からものづくりができるような優れた技術者になってもらいたい。そのスタートが、一年次にやる紙ヒコーキの制作であり、竹とんぼの制作なんですね。

本田 康裕(HONDA Yasuhiro)教授プロフィール

●工学博士/早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了
●専門/機械力学